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共同親権・面接交流の制度化について5

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもが両親の手によって育まれる機会を奪われないようにするものとしてとらえています。
 
親子の絆は親と子の1対1では育めません。
父子の絆は母が、母子の絆は父が主に紡ぐものなのです。
だから、同じ片親家庭でも、単身赴任・親の死去・離婚後も健全な両親との交流がある子どもと、
片親引き離し被害児とでは、その後の人生の豊かさが大きく異なってくるのです。
実体が在るか無いかではなくて、存在が在るか無いかなのです。

テーマ : 家庭・社会・国の問題を考える
ジャンル : 福祉・ボランティア

共同親権・面接交流の制度化について4

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもが両親の手によって育まれる機会を奪われないようにするものとしてとらえています。
 
共同親権面会交流の法整備にあたって、
「現実の監護者の置かれている状況とその声が十分に反映されなければ…」という話がもっともらしく語られますが、
共同親権面会交流の法整備が必ずこれを妨げるものではありません。
面会拒否に対して強制力をもって実施させること」
も、何が何でもとは言っていないことに注目すべきです。
あくまでも、子どもの権利条約にある、子どもの権利は保護されるのだということです。
問題なのは、面会拒否に対して強制力がないのをいいことに、子どもの権利を無視した引き離しが横行している点なのです。

「一度として夜泣きする子の世話をしたことがない。」とか、
「病気の子のために休暇を取ったこともない。」とか、そんなことが引き離しの理由になり得てはいけないのです。
ましてや、「…だから非同居親に会わせる必要は無い」などと大人が言うべき問題ではないのです。

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共同親権・面接交流の制度化について3

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもが両親の手によって育まれる機会を奪われないようにするものとしてとらえています。
 
よく、「子どもとの平穏な生活を脅かさないで…」と言われますが、それで平穏なのは大人でしょう。
正確には、「私の平穏な生活を…」で、それではエゴ丸出しなので、子どもを出汁にしている場合が引き離しのほとんどでしょう。
こうして、強い大人の権利が、弱い子どもの権利の上にかぶさるのです。
しかし、これらは、決して子どもの「両親から愛される権利」の犠牲の上に成り立って良いものではないのです。
 
とくに、DVに対しては対処する法律も制度もあります。
しかし、子どもが両親から愛される権利を保障する制度も法律も今の日本にはありません。
だから、今の日本では、子どもの権利は同居親に支配(蹂躙)されるのです。
これは、子どもの望んでいることなのでしょうか…。


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共同親権・面接交流の制度化について2

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもが両親の手によって育まれる機会を奪われないようにするものとしてとらえています。

 今の日本の現状のように、子どもと同居する親の一存で、一方的に、子どもが両親と交流する機会を奪われてしまうことは、子どもの権利の侵害以外のなにものでもないのです。
 それをなし得る今の日本だから、連れ去りが横行します。
 これは、対抗手段を持ちえぬ子どもにとって、虐待以外の何ものでもありません。
 …となれば、これこそDVでしょう。
 同居の親にこうしたDVを受け、非同居親は救うことができない。
 それが今の日本でしょう。
 さらには、同居親の再婚後には、その再婚相手による新たなるDVの恐れを子どもは抱えており、
それもまた、非同居親が救えない。

それが今の日本です。

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共同親権・面接交流の制度化について1

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもから両親の手によって育まれる機会を奪わないようにするものとしてとらえています。

多くの人が、子どもと非監護親との面会交流について
「子どもにとって、離婚後も父・母ともに親であることに変わりなく、離れて暮らすことになる親子が交流を続けること、両親の愛情を思う存分受けることのできる環境を整えるのは、とても大事なことだ。」と言います。
そして、
「離婚後の親子の交流を保障するための法整備の必要性は言うまでもない。離婚と子どもをめぐる法の整備が必要であることも同様。」と言います。
これは否定のしようがないところです。

それに対して、交流を妨げても良いとする言い訳に、
離婚をした後も強い緊張状態を続けている葛藤の激しい夫婦や、夫婦間でのDVを引き合いに出します。
しかし、高葛藤なのは、元夫婦であって親子ではない。
そもそも、ほとんどは耐え難い高葛藤だからこそ離婚をするんですよね。。
そして、引き離しは新たな葛藤を生む。
引き離しができる環境である限り、高葛藤の理由は減りはしません。
DVも、夫婦間のみのものであって、親子間ではない。
夫婦間でそうしたことが起こるのは、やはり夫婦間、大人間の問題ですよね。
これらは、正確には離婚後の親子の交流を妨げる理由でも何でもなくて、単に大人の「会わせたくない」理由でしかありません。


こうして引き離された子どもは喜ぶのでしょうか?

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