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子連れ再婚について2

実子への愛情と配偶者の連れ子に対しての愛情はやっぱり違います。
とても人間のできた人で、そうでない人も当然にいます。
しかし、違うのが普通だと思った方が良いです。
だから、無理しない方が良いです。
養親は逆立ちしても実親にはなれません。
逆もまた然りです。
養子は逆立ちしても実子にはなれません。
大事なことはそれを割り切った上で付き合うということです。
つまり、各個の人間として。
これは ポイント1 親の人生と子どもの人生を重ねない。
通ずるところです。

長い時間一緒にいれば平等までいかなくとも愛情がわいてくる…のはあると思います。
ただし、情が移るといった程度で、具体的には、「ALWAYS 三丁目の夕日」茶川竜之介かなぁ。
そして、もしも茶川竜之介に実子が別に居たら…と考えたらイメージができるかもしれません。

ポイント2 養親が実親に取って代わらない。

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テーマ : 親子関係
ジャンル : 結婚・家庭生活

子連れ再婚について1

私は、自由に交流ができない、つまり引き離された相思相愛の我が子が元配偶者の側に居ます。
そして今、共に暮らしているのは、未届けの配偶者とその連れ子です。

こうした活動をしていることから、多くの例を見て学んできての今の状態です。

私は、自由に交流ができない、引き離された相思相愛の別居の我が子を、最も大事にしています。
しかし、それは私の人生と我が子の人生は別であることを大前提としています。
つまり、私は我が子の人生に責任は取りますが、
干渉はし合わない(…というか、感覚的には重ねないといった感じでしょうか。)ということです。
子どもの人生は子どものもので、子どもが切り開いていくもの。
当然に私の人生は私のもので、子どもはそれに気兼ねをする必要も無いもの。
だから、我が子が好きだから、私が誰とも再婚をしないかといえばそうではない。
子のために親が誰ともお付き合いもしないとなると、親が子の人生の重石となってしまうことが多いものです。
こうなってしまうと、子どもが将来に、その親の切り離し方に悩む例が多く生じます。
子どもの発達課題の最も重要なものに、親からの自立があります。
それを疎外する可能性が出てきてしまうのです。
将来的には、親には親の、子には子の、将来ともに歩むべきパートナーが居る方がそれぞれが楽です。つまり、楽しいです。

ポイント1 親の人生と子どもの人生を重ねない。

テーマ : 親子関係
ジャンル : 結婚・家庭生活

共同親権・面接交流の制度化について7

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもが両親の手によって育まれる機会を奪われないようにするものとしてとらえています。

婚姻中は共同親権です。
等しく平等の権利を持っているのだから、子どもを奪い合う必要が無いのです。
ところが、離婚したとたんに単独親権になるものだから、離婚が視野に入ったとたんに子どもを奪い合おうとするのです。
だから、連れ去るのでしょ?拉致するのでしょ?
一旦手に入ったものを奪われないように、引き離すのでしょ? 
そして、子どもは感情を持った生き物だから、子どもが自ら自由に行動しないように洗脳するからPASでしょ?

現在の離婚後の単独親権制度には、そのバランスの悪さを感じざるをえません。
当然です。
釣り合っていないのですから。

テーマ : 家庭・社会・国の問題を考える
ジャンル : 福祉・ボランティア

共同親権・面接交流の制度化について6

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもが両親の手によって育まれる機会を奪われないようにするものとしてとらえています。
 
母親が監護者の際にはよく、
「父親が婚姻中対等の責任を担っていた場合、父と子の交流を母親が嫌う例は少ない。むしろ、子の幸せのために、引き続き関わることを望むのが自然ではないか。」
と言う人も居ますが、偏見の域を出ません。 そもそも、「対等」の基準自体が偏見です。

私たちが問題視しているのは、監護親の身勝手で非監護親と子の交流が阻害されている例です。
しかしながら、そんな監護親はやはりその偏見による屁理屈で非監護親と子の交流を阻害しようとします。
それが、「子どもとの平穏な生活を脅かさないで…」だったりします。

だから、その原因の解決など待っていては子どもの権利は守られないのですよ。
だって原因は子どもが非同居親と会うことが気に入らない、そんな親の一方的なわがままなのですから。
だから、「面会拒否に対しては強制力をもって実施させる」ことができるようにすることが必要なのです。

異なる性が交わって、ひとつの尊い魂を授かったのです。
だから、男が…とか女が…なんてことではなくて、それぞれがそれぞれの特性を生かして家族を形成すれば良いのです。
どっちの方が大変だとか、どっちの方が子どもに多く関わっているだとか、そんな話は止めていただきたい。

テーマ : 家庭・社会・国の問題を考える
ジャンル : 福祉・ボランティア

NAGANO第十三回定例会in松本あがたの森文化会館

毎月恒例の定例会のご案内です。
当事者、離婚後の親子関係について悩んでおられる方、当事者でない方、どなたでも参加できます。
子どものためになる最善の方法を、一緒に考えてみたいと思います。
話すことによって、精神的に楽になったとおっしゃる方が多くいらっしゃいます。
堅苦しい会議ではありませんので、お気軽にお立ち寄りください。


イベント名: 親子ネットNAGANO第十三定例会  
開催日時: 2010年2月20日(土)14:15?16:15
場 所: あがたの森文化会館  小会議室(部屋番号2-3) 
http://www.city.matsumoto.nagano.jp/buka/kyoikubu/shakaikyoiku/agatakaikansisetsuriyo/index.html
  住 所: 長野県松本市県3-1-1 (旧制松本高等学校)
  tel: 0263-32-1812(あがたの森文化会館)
公共交通: JR松本駅→松本周遊バス「タウンスニーカー」東コースで13分
        バス停:旧松本高校下車、徒歩すぐ
       車…長野道松本ICから15分
  駐車場: あり  
  会 費: 1人500円(会場費及び運営費)

※ 隔月で長野市と松本市での交互開催を予定しております。
(原則第3土曜日。奇数月:長野市・偶数月:松本市)

また、それ以外での開催希望についてはご意見を承ります。

参加される方は、ご一報いただけると助かりますが、基本的に連絡なしでも参加可能です。

テーマ : 別居・離婚
ジャンル : 結婚・家庭生活

共同親権・面接交流の制度化について5

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもが両親の手によって育まれる機会を奪われないようにするものとしてとらえています。
 
親子の絆は親と子の1対1では育めません。
父子の絆は母が、母子の絆は父が主に紡ぐものなのです。
だから、同じ片親家庭でも、単身赴任・親の死去・離婚後も健全な両親との交流がある子どもと、
片親引き離し被害児とでは、その後の人生の豊かさが大きく異なってくるのです。
実体が在るか無いかではなくて、存在が在るか無いかなのです。

テーマ : 家庭・社会・国の問題を考える
ジャンル : 福祉・ボランティア

共同親権・面接交流の制度化について4

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもが両親の手によって育まれる機会を奪われないようにするものとしてとらえています。
 
共同親権面会交流の法整備にあたって、
「現実の監護者の置かれている状況とその声が十分に反映されなければ…」という話がもっともらしく語られますが、
共同親権面会交流の法整備が必ずこれを妨げるものではありません。
面会拒否に対して強制力をもって実施させること」
も、何が何でもとは言っていないことに注目すべきです。
あくまでも、子どもの権利条約にある、子どもの権利は保護されるのだということです。
問題なのは、面会拒否に対して強制力がないのをいいことに、子どもの権利を無視した引き離しが横行している点なのです。

「一度として夜泣きする子の世話をしたことがない。」とか、
「病気の子のために休暇を取ったこともない。」とか、そんなことが引き離しの理由になり得てはいけないのです。
ましてや、「…だから非同居親に会わせる必要は無い」などと大人が言うべき問題ではないのです。

テーマ : 家庭・社会・国の問題を考える
ジャンル : 福祉・ボランティア

共同親権・面接交流の制度化について3

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもが両親の手によって育まれる機会を奪われないようにするものとしてとらえています。
 
よく、「子どもとの平穏な生活を脅かさないで…」と言われますが、それで平穏なのは大人でしょう。
正確には、「私の平穏な生活を…」で、それではエゴ丸出しなので、子どもを出汁にしている場合が引き離しのほとんどでしょう。
こうして、強い大人の権利が、弱い子どもの権利の上にかぶさるのです。
しかし、これらは、決して子どもの「両親から愛される権利」の犠牲の上に成り立って良いものではないのです。
 
とくに、DVに対しては対処する法律も制度もあります。
しかし、子どもが両親から愛される権利を保障する制度も法律も今の日本にはありません。
だから、今の日本では、子どもの権利は同居親に支配(蹂躙)されるのです。
これは、子どもの望んでいることなのでしょうか…。


テーマ : 家庭・社会・国の問題を考える
ジャンル : 福祉・ボランティア

共同親権・面接交流の制度化について2

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもが両親の手によって育まれる機会を奪われないようにするものとしてとらえています。

 今の日本の現状のように、子どもと同居する親の一存で、一方的に、子どもが両親と交流する機会を奪われてしまうことは、子どもの権利の侵害以外のなにものでもないのです。
 それをなし得る今の日本だから、連れ去りが横行します。
 これは、対抗手段を持ちえぬ子どもにとって、虐待以外の何ものでもありません。
 …となれば、これこそDVでしょう。
 同居の親にこうしたDVを受け、非同居親は救うことができない。
 それが今の日本でしょう。
 さらには、同居親の再婚後には、その再婚相手による新たなるDVの恐れを子どもは抱えており、
それもまた、非同居親が救えない。

それが今の日本です。

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共同親権・面接交流の制度化について1

私たちは、この機運は、相思相愛の親子が自由に交流できない現状を変えること。
つまり、子どもから両親の手によって育まれる機会を奪わないようにするものとしてとらえています。

多くの人が、子どもと非監護親との面会交流について
「子どもにとって、離婚後も父・母ともに親であることに変わりなく、離れて暮らすことになる親子が交流を続けること、両親の愛情を思う存分受けることのできる環境を整えるのは、とても大事なことだ。」と言います。
そして、
「離婚後の親子の交流を保障するための法整備の必要性は言うまでもない。離婚と子どもをめぐる法の整備が必要であることも同様。」と言います。
これは否定のしようがないところです。

それに対して、交流を妨げても良いとする言い訳に、
離婚をした後も強い緊張状態を続けている葛藤の激しい夫婦や、夫婦間でのDVを引き合いに出します。
しかし、高葛藤なのは、元夫婦であって親子ではない。
そもそも、ほとんどは耐え難い高葛藤だからこそ離婚をするんですよね。。
そして、引き離しは新たな葛藤を生む。
引き離しができる環境である限り、高葛藤の理由は減りはしません。
DVも、夫婦間のみのものであって、親子間ではない。
夫婦間でそうしたことが起こるのは、やはり夫婦間、大人間の問題ですよね。
これらは、正確には離婚後の親子の交流を妨げる理由でも何でもなくて、単に大人の「会わせたくない」理由でしかありません。


こうして引き離された子どもは喜ぶのでしょうか?

テーマ : 家庭・社会・国の問題を考える
ジャンル : 福祉・ボランティア

東京・江戸川 児童虐待事件 関連記事より

【社会】 「パパにはいじめられてないよ」 31歳義父・22歳母から凄惨な暴行され死亡した7歳男児、親をかばう気遣いまで…東京★3

・東京・江戸川で小学1年の岡本海渡(かいと)君(7)が両親から暴行を受けて死亡した事件。警視庁は、傷害容疑で
 逮捕後、傷害致死容疑で送検した継父で電気工の健二容疑者(31)と実母で無職の千草容疑者(22)が、
 暴行を繰り返した疑いが強いとみている。
 近所の住民に「パパはいじめないよ」と話し、両親への気遣いを見せていた海渡君。
 それでも虐待のサインは何度も出ていた――。
 海渡君が搬送先の病院で息を引き取る2日前の今月22日午後、一家が暮らすアパートのすぐ裏手の工場に勤める
 男性(55)は、道端で、海渡君から「こんにちは」とあいさつされた。海渡君は、近くの区立松本小から下校する途中だった。
 「お父さんから、いじめられてないか?」。男性は海渡君が千草容疑者の連れ子だと知っていたため、虐待を受けていた
 ことも知らずに声をかけた。「いじめられてません。悪いことをしたら怒られるけど」。はきはきとした返事に、男性は
 異変を感じなかった。
 海渡君が両親と暮らし始めたのは昨年4月。2か月前、飲食店で働いていた千草容疑者が、客の健二容疑者と結婚し、
 小学校入学を機に、千草容疑者の母の家から引き取られた。周囲の目には一家は「普通の親子」のように映り、
 健二容疑者の知人も「『子どもをかわいがろうと思う』と話していた」と振り返る。
 一家の様子が変わったのは昨年夏。近所の住民たちは、「ぶっ殺してやる」という大人の声と、「ギャー」という子どもの
 叫び声を何度も聞いていた。数軒先に住む男性はアパートの窓越しに、大人が子どもを床に落とす光景も目にした。
区の「子ども家庭支援センター」も昨年9月、海渡君の胸や腹にアザがいくつもあるのを、診察中に見つけた
 歯科医から通報を受けていた。海渡君は医師に「パパはいつもぶつんだよ」と話したという。
 この事実は学校にも伝えられ、校長、副校長、担任の3人がアパートを訪ね、健二容疑者が「二度と殴らない」と
 話したため、報告を受けた同センターも都墨田児童相談所も「対応は不要」と判断していた。
 しかし翌10月、海渡君は11日間、12月も6日間欠席した。同じ頃、近所の路地裏に100点満点ばかりの
 海渡君のテストの束が捨てられているのを住民が見つけていた。
 1月に入っても始業式から20日まで登校していなかった。それでも学校側は「虐待がある」とは受け止めて
 いなかった。  26日まで開かれていた「区立幼稚園・小学校展覧会」に、海渡君が教科書の一節を鉛筆で写し、熊の写真を
 まねて挿絵にした作品が、優秀作として展示された。親熊と2匹の子熊の絵は、親熊だけが、目がつり上がっている
 ように描かれていた。
◆相談所や学校の連携足りず◆
 児童虐待の初期対応を担う江戸川区の「子ども家庭支援センター」は今回、「学校側が状況を把握出来ている」
 との理由で両親に面会していなかった。墨田児童相談所にも文書で情報提供しただけで、同相談所も「センターが
 対応している」として、海渡君が学校を休みがちになる10月以降、状況を把握することはなかった。
 厚生労働省では「学校任せではなく、三者の密な連携が必要だった」として、児童相談所を運営する都道府県に対し、
 「虐待の情報提供後、原則48時間以内に子どもを目視する」「安全確保のための一時保護を辞さない」ことを
 求める通知を出した。




どんなときも健気で 優しく 
誠実で賢い 強い子
 
この子の死を無駄にしてはなりません。

辛かっただろうね
苦しかっただろうね
悔しかっただろうね
絶望しただろうね

もう苦しまなくていいんだよ


安らかに…




天国のMichaelに会えたかな… ‘Will You Be There’  (映画『フリーウィリー』主題歌より)





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